頭の中の「地図」はやっぱり人それぞれ

本当に人のとらえ方は違うことに驚いたこと

先日あるミーティングで問題提起がなされました。
4人のメンバーのうちのひとりからで、これから進めようとしていることに対して違和感があり、改めて話し合った方がいいのではないかという提案でした。
日ごろ私は授業や研修で、人のとらえ方は違うことを力説していますが、実際にそれを強く感じる場面に遭遇すると、やはり驚きます。
ずっと話し合いを続けてきた体験を共有しているメンバー間でも、とらえ方、感じ方は本当に人それぞれなのだなぁ、と実感しました。
そして正直に言えば、考え方の違いを認識したとたん、驚きだけではなく、振り出しに戻らされたような不快な感覚を覚え、一瞬相手の意見を拒絶したい衝動に駆られました。
そこで、反射的に「だって…」と言ってしまえば、対立することになったでしょう。
が、幸いその衝動を横において、全員が冷静に話し合う方向にシフトすることができました。
NLP(神経言語プログラミング)でいうところのディソシエイト(傍観者意識)することができたのです。

相手の「地図」と自分の「地図」

見聞きしたものごとを理解しようとするとき、私たちは頭の中に、ある世界を描きます。
それを「地図(map)」と呼びますが、その地図は親しい人同士でも異なります。
個人的な経験や価値観などが違うからです。
そして時間をかけて話し合い、各自の地図をすり合わせようと努力してきたとしても、今回のようなことが起こります。
まず私が感じたのは「今、対立している」という感覚でした。
対立においては、多かれ少なかれ相手を敵と認識します。
敵とは自分と違う存在を極端に表現した言葉。
自動的に起こる心の動きは制御しがたいもので、ここはどうしようもありません。
ただ、その先はコントロールが可能な領域です。
私が一瞬の衝動に気づき、相手の意見に耳を傾け、理解しようとすることができたとき、これまでいろいろ学んできたことが無駄でなかったのは、ひとえにこれまでの学びのと思えました。
その場にいた人たちも同様の学びを共有しているので、個人のエゴではなく全体の調和のために言葉を選んでいる様子でした。
最終的には問題提起をした人も話し合えたことに満足し、他の3人はこれまでと違う視点で考えることができたことに満足することができたのでした。

心のエネルギーは「対立」から生じる

ユングは「心的エネルギーは対立から生じる」といっています。
プラスとマイナスの対立によって電気エネルギーが生まれるのと同じだそうです。
ただ、対立があると私たちの心は葛藤を覚えるので、それを不快と感じ、回避したくなるのです。
日常がまあまあ幸せで、心の中に大きなさざ波が起きないようであれば、他の人よりは葛藤も小さいかもしれません。
それでも本人にとっては、葛藤です。
幸せな中にも何かしら葛藤が起こるし、不幸せを感じているなら葛藤も大きいはずです。
心のエネルギーはネガティブな方向に働くと、無意識の破壊的な反応を生み出すことがあるといわれますが、ポジティブな働きに焦点を当てれば、それは私たちが人生について学び、成長するよう導くものにもなります。
今回のミーティングで、問題提起した人は自分の違和感を看過せず、全体に問いかけてくれました。
私は対立を認識し、一時葛藤したわけですが、それによって気づけたこともありました。
例えば、自分は細かいことにこだわらず、どこかで何とかなるだろうと思っているため、ちょっとした違和感をやり過ごしてしまう傾向があること。
それは対立を引き起こしてまで違和感を表面化させることを、無意識的に避けていることにもなります。
が、その人は真摯に全体のことを思っているからこそ、対立が予想されても、意見を出してくれたのです。
結局、私は自分の安全安心を優先していたのだと気づくことになりました。
今後私の行動が変わるかどうか、まだ自信はありませんが、この一件が成長の布石になったことは間違いありません。
対立は私にとっては回避したいものですが、必要なものだったのです。

(2023年6月4日 岩田)

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