感謝の力?
ダブルブッキングに気づいた!
先日、ある方を訪問することになりました。
翌週の手帳では週の前半に予定が入っていなかったので、当然のように訪問日を月曜日に約束しました。
ところが一日後、偶然にもその月曜日のほぼ同じ時間に予定があったことが判明したのです。
わかったその瞬間、驚きのあまり一瞬息が止まりました。
多分単純に入力し忘れただけなのですが、手帳にもスマホにもその予定が全く入っていなかったからです。
次にやってきた感情は大きな安堵と感謝。
心からホッとして大きく息を吐きました。
前日決めた予定は変更をお願いすれば大丈夫なはず。
とにかく、もともとあった予定をすっぽかすことにならなくて良かった!
教えてくれたどなたか(誰?)に、心からありがとう!といいました!
こういう経験って、誰もが1回や2回はありますね。
そして残念ながら反対の経験、つまりダブルブッキングに気づかず、迷惑をかけてしまうという経験もまた同じぐらいあるのではないでしょうか?
ともかく今回は前者であったことが本当にありがたかったし、今後予定のチェックにはくれぐれも気をつけようと心から決めた次第です。
神仏のご加護?
それにしても前者と後者を分けるものは何なのでしょう?
何かに気づいた時というのは、自分で気づいたというより、目に見えない誰かが教えてくれたような感覚があります。
もちろん何の根拠もありませんし、ただそう感じるだけです。
一方で世の中には人智の及ばないことがあるというのも否定できません。
実はこの件の3週間ほど前、久しぶりに伊勢神宮に参拝にいき、お札をいただいてきました。
これまでお守りをいただいたことはありますが、お札は初めて。
なんとなく「今年はお札」という気持ちになったためです。
せっかくなので下の写真のようにお札立てに収めてお祀りしました。
(下の写真は我が家のではありませんが、似た感じです)
本来はお水やお米などをお供えするといいんでしょうが、とりあえず毎朝ご挨拶しながら短くお祈りしています。
以来、なんとなくモノゴトの運びがスムーズになったような気がします。
実際シンクロニシティを感じることもいくつかありました。
何でもすぐにご利益のように捉えるのは好みではありませんが、 今回ダブルブッキングに気づけたことをお札のご加護かなと思っている自分も確かにいました。
真相なんてわかりませんが、とりあえず毎日意識しているのは、お願いより感謝を伝えること。
心の中でなんとなく思っていることも、小さな声で言葉にするといい感じです。
気のせいであっても、感謝を言葉にして日々の流れが良くなるのならそれもありがたいことですね。
(2019年9月1日 岩田)