新しい目標に向かう
「今やっていることを辞めたら?」という仮定
今年も兵庫県立大学の大学院で8週間の授業をさせていただいています。
スタートから数えると10年、ひとりで担当するようになってからも7年目。
課目は変わりませんが、中身は毎年少しずつ手を入れて今に至っています。
依頼をいただく限りは続けるつもりですが、それがいつまでとも決まっていません。
今年限りかもしれないし、しばらく続くのかもしれません。
なりゆきまかせもいいけれど、そう若くもないし、自分なりにいつを区切りにするのかを決めていった方がいいかなと、最近思うようになりました。
まだいつなのか決められませんが、そうするに当たっては、「いろいろ手放したらその後何をするのか?」
当然そんな問いが浮かびます。
人生百年というのがめずらしくなくなった昨今、うっかりするとあと40年も生きることにもなりかねません。
手放しにただ長く生きるのがいいとは言えないなぁと思います。
意識の階層のアイデンティティ・レベル
NLP(神経言語プログラミング)の研究者であるロバート・ディルツの意識の階層には、下から「環境」「行動」「能力」「信念・価値観」「アイデンティティ」という5つの層があります。
「アイデンティティ」は、「自分は何者か」という自己認識のレベル。
私の自己認識は、役割という観点では教える人であったり、主婦であったり、母親であったりと複数あります。
そうした役割の奥底には、自分自身の生存の意味としてのアイデンティティが存在しているように感じられます。
自分は何のために生まれてきたのか?
というミッションへの問いです。
私もずいぶんとこの問いに向き合ってきました。
正解はわからずとも、何かしらの答えにたどり着きたいという欲求は誰にでもあるのではないでしょうか?
これまでをふり返ると、私のミッションはどうやら「教えること」に関係があるようです。
学生時代の自分なら、誰かに何かを教えるなんてありえないことでした。
話し上手とも思えなかったし、そもそも他の人とのコミュニケーション自体が苦手で、ひとりでいる方が楽でした。
社会に出ていろいろなことをしているうちに、自分が強く願ったわけでもないのに気づいたらなぜか教えていた、のです。
ミッションとは意外にそういうものなのかもしれませんね。
「教える」にも、さまざまな形があります。
コーチングとの出合いで、相手の力を引き出す教え方があることを知りました。
以後、相手はどんな人なのか、それを観察することが教えることの第一歩になりました。
相手がわからなければ何を引き出していいかわからないからです。
ただ実際には、相手のことがわかったなんてことはありません。
わかったと思ったとたん、歪んだフィルターがかかり、結局わからないまま…。
それでも小さな手がかりを探りながら、最善を尽くす、その繰り返しです。
自分についても同じ。
わかったと思っている自分が、全くわからない…。
自分への観察を続けることも、よりよく教えることにつながると実感してきました。
アイデンティティの上はスピリチュアル・レベル
意識の階層のアイデンティティレベルは三角形の頂点でありながら、もうひとつの逆三角形の頂点とつながっています。
それがスピリチュアル・レベル(自分を超えた世界)です。
スピリチュアルという言葉は最近広く使われるようになりましたが、ここでは「高い精神性」に関わる何かのことを指すと(私は)解釈しています。
そのレベルは「個人」を超えた「他のために」という世界。
ミッションはその上の世界につながっています。
上の世界とは、他者や社会、あるいは後世のために貢献すること。
誰かのため、何かのために貢献できることは人にとって根本的な喜びです。
私もまたそこに向かって、少しずつ具体化していこうと思っています。
みなさんは、少し先の未来に何を目指したいですか?
(2019年8月18日 岩田)
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