ストレスと認知バイアス
ストレスは役に立つ
以前書きましたが、今年はストレスについての研修をある場所でさせていただいています。
改めてストレスに焦点を当てることが機会を与えられ、いろいろなことを考えさせられます。
さて、ケリー・マクゴニガル著『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』によれば、コロンビア大学ビジネススクール行動研究所のアリア・クラムが「ストレスにはよい効果があると考えたことによって、体の生理的状態が変化した」という研究結果を発表しています。
おそらく多くの人にとってストレスは歓迎されるものではありません。
苦手な人間関係、重圧のある立場、溜まっている仕事…などを連想し、気分が重くなるというのがイメージです。
一方で、ストレスが役に立つということを経験から実感するのは、苦しい局面を乗り越えた体験を思い出すようなときではないでしょうか。
あの体験がなければ今の自分はないと振り返ることは、ストレスの効果を認めることになります。
そう、ものごとはとらえ方、考え方次第であるともいえますね。
そして、個々のとらえ方(認知)にはさまざまな歪みがあるものです。
行動経済学を生み出したふたり
認知の歪みについて研究したのがダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーです。
ふたりは心理学者ですが、1960年代終わりからの共同研究によって、人間の意思決定の不合理さを明らかにし、それまで合理的な人間モデルに基盤をおいていた経済学に革命をもたらしました。
『ファスト&スロー』はダニエル・カーネマンの研究の足跡を記したバイブルのような本です。
一方で、両者の関係性の変化に注目した本が出されています。
著者は『マネー・ボール』を書いたマイケル・ルイス。
『後悔の経済学―世界を変えた苦い友情』というタイトルです。
(英語の題は”The Undoing Project— A Friendship that Changed Our Minds”)
天才同士がふたりの頭脳と発想の相乗作用によっていかに新たな理論を生み出していったかということもドラマチックでしたが、興味深かったのは、ダニエルがエイモスに嫉妬していったという心の動きです。
世間はエイモスだけをもてはやすようになったと感じていた時期、ある講座にそろって登壇した後に受けた質問に答えたエイモスの言葉に、ダニエルは自分たちの関係の終わりの始まりを感じたというのです。
彼が感じたのは「わたしはエイモスに、そのとき起きていることに関心を持ってほしかったが、彼は興味を持たなかったし、持つべきだとも思っていなかった」でした。
エイモスは1996年に亡くなり、ダニエルとともに2002年にノーベル賞を受賞することはかないませんでしたが、最後までダニエルを友だちとして共に仕事をしたかったようです。
私たちの認知は歪んでいる
長年、人の認知がいかに歪んでいるのかを研究してきたダニエル・カーネマンも、自分の認知システムについて客観的に判断することは難しかったのでしょう。
エイモスにとっては普通のことがダニエルには耐えがたく、望んでいた関係が手に入らないことに苦しみ、そのストレスから逃れるように93年エイモスから逃げるために西海岸から東海岸のプリンストン大学に移ったといいます。
ストレスは役に立つといわれるようになったのは最近のようですが、仮に当時のダニエルにその知識があったとしても苦しみは変わらなかったのかもしれません。
そして、私たちは多かれ少なかれ、同じような体験をします。
ストレスの効果が明らかになり、それが役に立つことがわかっていても、渦中にあるときは視野が極端に狭くなり、嫉妬などの感情に絡めとられてしまいます。
視野が狭いときには何らかの認知バイアスが影をさしています。
ストレスと上手に付き合うためには、それらのバイアスを知っておくこと、自分の感情を客観視すること、その上で行動を選択することなどが必要ですが、なかなか大変です。
小さなストレスに対処する練習を地道に重ねることが必要だと、改めて思っています。
(2022年10月2日 岩田)