新しいパターンで生きる

無能感の肯定的意図を探る

初夏を迎えて、新型コロナウイルスの新規陽性者数が15000人前後となりネットニュースでは、4回目のワクチン接種の呼びかけ情報と共に、ワクチン接種済みの方のお得情報として、旅行のお誘いが増えてきています。
巷では、マスク姿ではありますが、社会が徐々に活気を取り戻し、動き出した気がします。
先日、ある対話グループで、「パターンを変える」ということが話題になりました。
個人の内部の何かを変えると、環境も含めてパターンが変わって来ると言うのです。
更に「内的変化が起こると、新しいパターンが向こうからやって来る」と。
とても抽象的な発言ですが、自分を振り返ってみて何となく分かる気がしました。
私にとって、社会への貢献とは、ずっと、どこかで生産的な結果を伴うべきものという意識が一体になったものでした。
その観点から見ると、今はほとんど何の役にも立っていないし、今後の明るい見通しも立てられず、無力感や無能感に苛まれて長い間落ち込んでいました。
その一方で、何の報酬も求めずに近くの公園のお掃除を一日も欠かさずに続けていらっしゃる方のお姿に、神々しさを感じて素敵な生き方だと尊敬を覚えています。
ふと思い出した、聖書のマタイによる福音書に、『自分の命のことで何を食べ、何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。』『空の鳥を良く見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、庫に納めもしない。』が、すべて神様によって生かされている…と書かれています。
なるほどとは思っても、思い悩まないでおくことは、なかなか難しいことです。
この福音書の意味するところは、「辛い時こそ心を天に、眼差しを大地に向けてみる。そうすると大切なことが見えてくる」ということなのでしょう。
私は、これらの聖書の言葉に励まされたわけではありませんが、損得や人に良く見られたいという思いで行動することからほんの少しだけ、自由になった気がします。
勿論、会社組織に身を置いていますので、義務も責任も生じてきますから、役割を果たす努力は今後もしていきたいと思っています。
場を支えるとか、場を作るとかも大切な役割だと心から思えたことから、私のパターンが変わって来たように感じます。

人生のパターンを変える方法

人生は千差万別。実に様々な出来事が起こります。
それなのに、自分の人生で繰り返し遭遇する同じような出来事があります。
それは、何も悪いことばかりとは限りません。
「どんなことが起こっても最後は必ずうまくいく」とか「いつも友人や仲間に恵まれている」と思ったり、私の娘は「自分は運がいい」と信じています。
どうして人によって遭遇する出来事に偏りが出来てくるのでしょうか?
それは、「思考や行動が、ネガティブだったり、ポジティブだったり、パターン化しているからだ」と言われます。

三つ子の魂、百まで

心理学では、このように同じパターンを繰り返すのは、「幼い頃からの経験によって、潜在意識に刷り込まれた『信念体系』が影響している」と考えます。
「三つ子の魂、百まで」という「ことわざがあるように、およそ3歳までには強い信念体系が確立されて、年をとっても性格はなかなか変わりません。
これらの信念体系を確立する大きな要因は、『親子関係』です。
私達は同じ世界に生きていても、一人一人は全く違う世界を見ています。
そして、各々の人は自分が見ている世界こそが重要だと信じて生きています。
私のように、環境や時代の変化によって、いつの間にか新しいパターンに変わる場が与えられることもありますが、意識的に、自分で人生のパターンを変えるには、まず、自分の人生の今までのパターンを振り返って理解する必要があります。
そして、自分のネガティブな感情に注目して、今まで慣れ親しんだ信念や思い込み(価値観、フィルター、イメージ、プログラム…)に気づき、検証することが大切です。

最後に、意識的にポジティブな行動を起こしてみるといいと言われています。
ウイズコロナ、アフターコロナを生きる上で、まずは、世界的なコロナの感染拡大がもたらした肯定的意図を理解・検証して、新しいパターンの生き方を夫々で模索してい行ければ…と思っています。

(2022年6月26日 若杉)

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