苦手だからこそ挑戦する!

30年後、50年後の世界に対する問いかけ

先日、あるセミナーに参加していた時のことです。
「30年後、50年後の世界はどうなっているでしょうか?」というテーマが出されました。
発想や想像することは、私が最も苦手とする分野です。
現実に即して生きることが、いわゆる「おとな」であり、「常識人」だという観念が強くあるからです。
頭は当然真っ白でパニック状態になりました。
今までの私なら、苦手なことは「無理!私には出来ない…」と着手することすら諦めていました。
でも、この時は、何故か、今までの自分の殻を破って、生き方を変えて見たい――という思いがふつふつと湧いてきて、逃げずに誠実にこのテーマと向き合ってみることにしました。

私は、新しい発想で何かを創造することはとても不得意です。
既存のものを少し手直しして、何かを創り上げるのは比較的得意にしています。食事も、レシピを参考に材料を工夫したり、アレンジして簡単に仕上げることが多いのです。
そんな私が、人生で積み上げてきた記憶、知識、経験…に出来るだけ頼らずに、思考力・発想力を強め高めるこのようなトレーニングにチャレンジするということは、視点が大きく広がるチャンスのように思えました。

さて、30年後の社会は、世界は、一体どうなっているのでしょう?
人々は何に喜び、何に悲しみ、苦しみ、何を生き甲斐に感じているのでしょう?
今と変わるものはたくさんあるでしょうが、では、変わらずに一貫して貫かれているものは何でしょうか?
ちなみに、30年前の日本はバブルが崩壊して、経済事情が大きく変化した時代で、その後の生活の中での最も大きな変化は、コンピュータ関連の発展でした。
リニアモーターカー、電気自動車の自動運転、ロボット…などの発展は想像がつきますが、その他の物質世界はものすごいスピードで想像もつかない大きな発展を遂げていくでしょう。
では、人々の精神面はどうかというと、すべての問題が解消されて、ユートピアの世界が生まれているとは思えません。
何故なら、苦難・課題を乗り越えながら、人は成長していくものなので、課題・問題はとても大切だと思うからです。
私は、今ここで「30年後、50年後の世界」を占ったり、正解を求めるべく推測したり、理想や空想を発表することを目的にしているわけではありません。
あくまでも、自分の得意分野に偏らず、苦手な分野での発想や思考に意識を向けることの大切さをお伝えしたいのです。
皆様もそれぞれ、チャレンジされる分野がおありだと思います。
起業する人や、新商品の開発などに携わる人達は、日々自分との闘いをされています。
世の中に既に有るもの、誰もが考え付くようなものは新鮮味がなく、恐らく見向きもされません。
頭から湯気が出るくらいに考えて考えて、混乱して、悩み切って苦しみぬいた…その後に、運が良ければ一筋の光明が差してくるかもしれません。
試行錯誤の末に、何年掛かるか、到達できるかどうかも分からない研究・開発分野に身を置いている方々は、その目的が、自分の興味や関心を突き抜けて、誰かのために次世代のために貢献できる大切なものだとの認識がなければ、早々に挫折・断念してしまうことでしょう。
既成観念を一旦捨てて、根本・原点に帰るか、根幹を貫くいつの時代にも大事なものを見つけるか、人間をとことん見つめて理解を深めていくか…、とにかく大変な作業です。
今の私に、それだけの意識を集中するモチベーションもなく、取り組む前からすでに息切れしそうですが、「30年後の世界で、人は何を求め、どうありたいと願っているのか…?」について、ただただ真摯に向き合ってみたいと思っています。
それが、対人支援に関わるものとしての、人を理解する在り方に通じると思えるからです。
先の見えないものに挑戦する苦しさ・困難さに立ち向かってきた人達が居たお蔭で、社会は、世界は発展していくことが出来て来たのでしょう。
私は、不得意だから…、不器用だから…と思い込んで、努力することすら怠っていた、この抽象的な未来の創造分野に、内的世界を糸口として意識と思考を向けることが、今の自分の殻を破り、器を広げることにつながるのではないかと思っています。
30年後の世界――人生100歳時代と言われるならば、私ももしかしてこの目で見ること・体験することができるかもしれません。
今年一年を締めくくる時、次世代に何かを残したい、貢献したいと願うなら、私は、「人を理解すること、愛すること」に、意識と思考を注いでいきたいと改めて思いました。
今年も一年、有難うございました。
皆様、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。
そして、来年も宜しくお願い申し上げます。

(2019年12月29日 若杉)

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