人を動かす最良の方法とは?
あるアメリカの寓話
オールド・ジョーと隣人は長い間、通りを挟んで向かい合って暮らしてきた。年齢も同じくらいで、だいたい同じ頃に子どもをもうけ、子どもを育て、子どもが巣立っていった。そして、それぞれの妻に先立たれて、近所に暮らすのはオールド・ジョーと隣人男性だけになった。互いと交わす会話が、その日の唯一の会話という日も珍しくなかった。
しかしあるとき、二人の間にいさかいが持ち上がった。一頭の子牛を双方が自分のものだと主張したからだ。「この焼き印がオレのものだってことは、どんな間抜けだって見間違いようがない」とジョーが言い、口論になった。やがて乱暴な言葉の応酬になり、二人はとうとう口をきかなくなった。そのまま数週間がたち、さらには数か月がたった。敵意はますますつのっていった。
そんなとき、流れ者の大工がオールド・ジョーの家のドアを叩いた。なにか仕事はないか、という。男性がきちんとした身なりをしていたので、オールド・ジョーは中に招き入れ、スープとパンの食事をふるまった。
食事が終わると、窓のそばに大工を手招きして言った。「あそこに、小さな川が流れているのが見えますか?」大工がうなずくと、オールド・ジョーは話を続けた。「昨日までは、あんな川はありませんでした。隣のアホがわざわざ土を掘って、そこに水を流し、所有地の境界に川をつくったのです。ただ私に嫌がらせをするだけのために」。大工はうなずいて聞いていた。
オールド・ジョーは言った。「仕事をお願いします。塀を建ててください。高い塀です。ヤツの敷地や家が目に入らないようにしたいのです。お願いできますか?」。大工は答えた。「あなたにご満足いただける仕事ができると思います」
翌日、オールド・ジョーは材木のある場所を大工に教えると、朝早くから出かけていった。町でいろいろ用事があった。そして、夕方遅く帰路につき、古い荷馬車で家の手前の丘を登ってきたそのとき――彼は大工が何をしたかを知った。オールド・ジョーは怒りの形相になり、馬に鞭打って先を急がせた。大工は塀を建てるのではなく、小川に橋をかけたのだ。
オールド・ジョーは馬を止めて、大工を叱り飛ばすために馬車から降りようとした。ところがその瞬間、隣人が駆け寄ってきて、ひしと彼を抱きしめた。「ジョー、きみは私よりずっと度量の大きな人間だ。私には橋をかける勇気はなかったよ。子牛はきみのものだったかもしれないと思っている。許してくれるかい?」。オールド・ジョーは隣人を抱きしめ返し、「許すもなにも、怒ってなんかいないよ」とぼそぼそ言った。
大工はニコニコ笑って二人を見守り、ウインクしてみせた。オールド・ジョーは彼にしばらく泊まっていかないかと言ったが、大工はほかに仕事があるのでと言って旅立っていった。
ストーリーは魔法の剣
上のお話は、アネット・シモンズ著『プロフェッショナルは「ストーリー」で伝える』より転載したものです。
「人を動かしたいとき、ストーリー以上に強力な道具はない」という著者。
その信念が、数々のストーリーとともに説得力をもって紹介されています。
ちょっと分厚い本ですが、面白いです。
5月に開催する「伝わる話し方の講座」でもストーリーのことは扱いたいと思っています。
(2018年4月15日 岩田)