性格は、気質と環境から形作られる

人の性格は変えられる?

今日は穏やかな「小春日和」の、心地良い一日でした。
毎月一度開催されている「読書会」の日でもあり、心身共に安心安全の中で、テーマに沿って対話を存分に楽しむことが出来ました。
その「読書会」の中でも話題に上がりましたが、私は最近「人の性格は変えられるのか?」ということに関心を抱いています。
優しい性格、頑固な性格、ポジティブな性格、ネガティブな性格…「性格」という言葉は様々な場でよく使われていますが、それらはとても大雑把な意味合いのようです。
私も、カウンセリングを担当するクライアントから、「ネガティブな性格ゆえの悩みや課題」、或いは、「変わりたいけれど、どうすればいいか?」などのご相談を受けることがよくあります。
心理学的な「性格」の意味は、「気質」と「環境」によって形作られるものだと言われています。
詳しく説明すると、「気質」とは、生まれもった活発さや敏感さなどのことで、これは一生変わらないようです。
また「環境」とは、育つ家庭の環境、親の育て方や育つ土地・風土など、人を取り巻く周囲の状況のことで、これは一生を通して変わっていくので、「性格は変わる」ということになります。
確かに、小・中・高・大学・職場…と、人の環境はどんどん変わっていきます。
一般的に、性格は年齢を重ねるほどに穏やかに寛容になっていくのは、幼い頃は与えられた自分に合わない環境しか選べなくても、成人すると独立するとか、それなりに自分に合った環境を選べるようになるからだと推測できます。
そういう意味で言うと、人の性格は変えられますが、核となる気質は変えられません。
若い頃に学んだ知識を掘り下げてみると、心理学者・精神学者の宮城音弥博士は、性格を4層から形成される同心円構造として捉えていらっしゃいました。
それに基づくと、性格の核となる部分を『気質』といい、これは生まれつきのもので、遺伝子によって決まる部分が大きく、環境や経験に影響されず、あまり変化しません。
まるで人生の目標や目的を自ら選んでか、もしくは大いなる存在から役割を定められて、核として組み込まれてきたかのようです。
4重構造の性格は、①気質、②狭義の性格、③習慣的性格、④役割的性格…と広がっていくと言われます。
更に、感情面での個性は「気質」という先天的な表現結果で、「気質」が基盤となって作り出される行動や意欲の傾向が「性格」ということになります。
生まれつきの「気質」に対して、後天的な部分の「性格」は、様々な環境や条件をもとに変えていくことができるようです。
「読書会」で意見交換をする中で、「気質」にもプラスの気質、マイナスの気質があって、自分の思い通りの理想でない部分もあるでしょうし、また人生の様々な場面によって、濃く出る時も薄く出る時もある…と気づかされました。

同窓生との出会いの中で

先日、中学の同窓会開催の通知が届きました。
熱心に継続してくださる幹事の方々のお蔭で、60年近くも、折に触れて開催してくださっていて、本当に有難いことです。
私が最後に参加したのは48歳の時でした。その後、仲良し6人グループのメンバーとは何度か小旅行やランチ会などで旧交を温めてきました。
今回は先約があって欠席したのですが、連絡をもらったグループの一人に、「また会いたいね」とメールをしたら、すぐに企画をしてくれて、早速、大阪で5人のランチ会が実現。
当日待ち合わせ場所に行くと、片隅に、数人のそれらしき人たちが…。
こう見えても人見知りの私は、遠くから様子を伺い、そろそろと近づいて…。無事再会!
テーブルに着いて、しばらく経つと、ゆっくりじんわり、在りし日の面影が蘇ってきました。
どんなに年月が経っても、まさしく、根柢の核たる「気質」が、お互いを溶かしていくのがよく分かりました。
話す速度・トーン・、話題、表情、ふとしたしぐさなど、容姿・外形はどんなに変わっても、持って生まれた「気質」は変わらないことに、感動と感謝を覚えました。
5時間の濃い語らいの最後に、何気なく私が興味を持っている観光地の話をしたら、すぐに話がまとまって、ライングループが作られて、来春に訪れる計画をすることに。
私は、今までお年を召した方々が交わされる別れの時の挨拶、「元気でね!」という言葉にとても抵抗を感じていました。が、今ならお気持ちが理解出来ます。
その時私は、切実な思いを込めて、「元気でね、また会おうね」と声を掛けてお別れしました。

カウンセリングに活かす

これからカウンセリングで、「変わりたい」「変えられますか?」とクライアントに質問される機会があれば、私はその人の持つ「気質」にまず焦点を当てて、ご本人にしっかりと気づいていただき、その上で、「どうなりたいのか?「どう生きたいのか?」「どう在りたいのか?」を、真摯に問いたいと思いました。
これは自分自身への問いとしても、しっかり答えを探し続けて行きたいと強く思わされました。

(2023年12月10日 若杉)

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