話題の『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』を読んでみた

AIは神になるか?

AI(人口知能と訳されます)の台頭によって、やがてシンギュラリティ(人工知能が人間の能力を超える地点というような意味だそう)が到来するといったことが、今まことしやかにささやかれ、多くの人が関心を寄せています。
そんな中、今年2月に発売された新井紀子氏(いつも著者に対して「さん」づけすることが多いですが、今回は「氏」の方がしっくりきます)のこの本はまたたく間にベストセラーになりました。

数学や工学に疎い私でも、「教科書が読めない子どもたち」という言葉に惹きつけられ、思わず電子書籍の購入ボタンをクリックしてしまいました。
驚いたのは、〈はじめに〉で、いきなり冒頭のような質問に対する著者の突っ込みが登場したこと。
曰く、
「AIが神になる?」-なりません。
「AIが人類を滅ぼす?」-滅ぼしません。
「シンギュラリティが到来する?」-到来しません。
わぁ、そうなんだ!
潔い断言に感動すら覚えましたけど、だからといって、楽観する要素はほとんどないみたいです。
AIの台頭によって多くの人が職を失うという未来はほとんど確実らしい…。
大変な時代がもう目の前に迫っているのですね。
が、危機に直面してもそれを危機として理解できなければ、手立てを講じることができません。
私自身、昨日から今日の連続の結果やってくる明日に対して、変化が起こることを予想するのは難しいです。
だから平和ともいえますが、ただ鈍感になっているだけなのですね、きっと。

AIは意味を理解しない?

因みにこの本によると、実はAIはまだどこにも存在していないんだそうです。
AIは人工知能と呼ばれる限り、人間の知能と同等ぐらいの能力を持たなくてはなりませんが、人間の知能が科学的に解明されていない現状ではスタートラインにすら立てないのだとか。
だから、現在AIといわれているのは正確にはAI技術であり、「真の意味でのAIを実現するために開発されているさまざまな技術」のことなのだそうです。(が、著者も一般的なAIという言葉をあえて使っています)
AIという言葉の意味も知らずに、漠然とAIが台頭する未来のことを考えようとしていたことに気づきました。
本来の言葉の意味を知らないのに、わかったと錯覚していることって多いですね。
どうも私はざっくりとものごとを大づかみで捉えようとする傾向があり、細部の意味をしっかりとらえるということが苦手のようです。
ざっくりではなく、じっくりを心がけてみます…。
ところで今のところ、AIは意味を理解しないのだそうです。
スマホに言葉をかけると答えてくれるアレは、統計と確率の手法で言語を学習させているそうで、文章の意味を理解しているのではないそう…。
「近くのおいしいイタリア料理店は?」ときいても「近くのまずいイタリア料理店は?」と聞いても同じような答えが返ってくることがあるという説明には驚きました。(誰もまずいお店を探したりしませんからね)(ただ、技術者の努力によりどんどん修正されていくようです)
AIに代替されない人材とは、意味を理解する能力、読解力のある人だとか。
では、AIがどんな未来を出現させていくのか、そこに光明はないのかについては気になるところですが、私が説明するよりも本を読んでもらった方がいいでしょう。

時代は移り変わるけれど…

この話を読みながら、ふと竹村健一さんの40年周期説を思い出しました。
(竹村健一さんはかつてTVコマーシャルにも登場した著名な評論家ですが、一定の年齢以下の方は知らないかもしれませんね)
財団時代開催していた講演会には、複数回ご登壇いただいたことがあり、その講演の中でも話されていたことです。
「近代日本は40年の周期で盛衰をくり返している。明治維新直前の1865年頃がどん底、逆に1905年日露戦争勝利頃にピークを迎え、1945年の敗戦でまた一旦底に落ち、1985年にまたピークを迎えると下降に転ずる」という説です。
あくまでもこの説に従えばということですが、今は2025年に向けての下り坂の途中ということになります。
実際、ゆるやかな衰退傾向の中にいるように感じます。
ただそうであったとしても、その波に身を任せるだけでなく、「自らの意思で今何が起こっているのかをしっかり見て、考えるということが大事」ということを、この本から教えられました。

(2018年7月29日 岩田)

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