思い込みの力

思い込んでしまったら、なかなか疑えない
今日は受講している大学の前期最後の授業でした。
その前にオンラインミーティングがあったので、ミーティングが終わったらすぐに家を出るために朝から段取りを考えていました。
夕方遅くなってもいいように、夕食の一部を準備しておく、
10時半ごろ簡単に食事をしてから、11時からのミーティングに臨む、など。
昨日まで忙しい毎日で結構疲れていたわりに、さくさく実行できました。
が、この時なぜか間違った授業開始時間を想定していたのです。
13時10分からだと思い込んでいた授業は、実際には13時30分から…。
それを大学に着く直前に思い出しました。
慌てて家を出てくる必要はなかったのです。
10分からと誤解していた理由は、先週まで午前中にあった語学クラスが11時10分からスタートだったので、10分までに行くという感覚が根づいていたためです。
結局20分ほど前に教室に着き、コーヒーを飲んでゆっくりしたので、それはそれでよかったのですが…。
それにしても冷静に考えればわかったことでも、一旦思い込むと他の考えが浮かばないものですね。
私の例はささいなものですが、過去に強い思い込みの力を実感した出来事がありました。
私の実家はかつて旅館を営んでいたのですが、ある時酔ったお客さんが玄関から外に出ようとしていました。
玄関はガラスの自動扉で、その横も一面ガラス張りでした。
夜だったので、目の前のガラスよりも外の明かりの方に目が奪われたのでしょう。
そのお客さんは自動扉ではなく、横のガラスの仕切りの方から外に出ようとしたのです。
当然ガラスに激突してしまいました。
(破片でケガをしたものの、大ケガにならなかったのは幸いでした)
驚くのは、ガラスの存在がないものと扱われ、歩いたらすぐに外に出られるという思い込みが、分厚いガラスを割ったという事実です。
普段ならできないことも、思い込みによってできてしまうのです。
それが良い結果に結びつくこともあれば、その反対もあります。
できれば望んでいない結果につながるような思い込みは避けたいものですが、何を思い込んでいるのかに気づくことがそもそも難しい…。
授業時間についての私の思い込みも、家を出る前に気づけたらよかったのですが、大学が近づいてきた辺りでやっと気づけたのです。
メタ認知とは、自分の思考・感情・行動などを俯瞰して認識し、理解することですが、日ごろから意識していたとしても、なぜか全くできない状態に陥ることがあります。
ままならない自分と付き合いながらメタ認知の精度を上げていけたら、思い込みによる弊害も減らせるのかもしれませんね。
(2025年7月20日 岩田)





