人はなぜ過酷なレースに挑むのか?

極寒の耐久レース

世の中には「なぜこんなレースが存在するの?」というようなレースがあります。
そもそも身体を動かして競争することに馴染まない私には無縁の世界ですが、だからこそ覗いてみたくなります。
過去にテレビで見たのはオーストリアからモナコまで、アルプス山脈を足とパラグライダーを使って縦断する「Xアルプス」というもの。
上昇気流を味方につけ悠然と空を舞う姿は傍目には美しいものですが、山道を進む姿はレースの過酷さを知らしめるものでした。
そんな様子が心に刻まれていたためか、今年の年初にNHKBSの「グレートレース極寒イギリス不眠不休の420km」を自然に録画予約していました。
このレースは「スパイン」と呼ばれ、イングランド北部のトレイル429kmを完走することを競うものです。
昨年1月のレースのドキュメントでしたが、参加者146人のうち180時間の制限内にゴールできたのは63人。率にして43%。
優勝したアメリカ人、ジョンのタイムは87時間53分57秒。
5つのチェックポイントで温かい食事や睡眠はとれるようになっているものの、彼の睡眠時間はわずか2,3時間だったようで、文字通り不眠不休でした。

それぞれの言葉

ジョンがゴール後に語った言葉です。
「レースの経験は特別。多くのことを学べる。限界に挑戦することで自分を見直すことができる。前に進むために困難をどう克服するか。それは人生に通じるものだ」
2位でゴールした51歳のアイルランド人イエンは、
「このレースに戻ってくる理由は過酷さにある。それは単なる苦痛ではなく自分にとっての挑戦。『やめるとラクになる』という誘惑に何度もかられる。でもやめることは世界で最も簡単な方法だ」といいます。
アジア人としてはじめての10位以内、7位でゴールした日本人、朽見さんという方は
「このレースに参加して自分はどのぐらいやれて、どうなるんだろうっていうのを知りたい。自分との闘いだし、自分とのレース」
と言い、
12位に入った日本人の田口さんは途中
「いつも250~280kmで限界がくる。趣味ならこんなものとも思う。人間なんで弱い気持ちが出てどうしてもあきらめてしまう。最後まであきらめない、自分が決めたことをやっていこう。自分に対してOKと言ってあげることが目標」
と語っていて、ゴール後に残した言葉は
「自分に対してOKと言ってあげることが今回はできた。最後まであきらめなければまた前に進める」。

悪魔のささやきとの闘い

疲労困憊の参加者にはさまざまな誘惑がやってきます。
まずは内なる声。
「やめるとラクになる」
「ここまでやれたら十分だ。無理しなくてもいいじゃないか」などです。
私なら「そもそもゴールすることにそれだけの価値があるの?」なんて声が聞こえそうです。
耐久レースに限らず、日常でもちょっと大変なことに挑戦するときには必ず聞こえてくるこうしたささやきを経験したことのない人はいませんよね?
過酷なレースならなおさらのこと。
さらには極度の睡眠不足と体力の消耗から、幻覚まで見えてくるのだそうです。
人の姿をした青いモノが見える、遠くにいるはずの次の選手に追いつかれそうになっているとう強迫観念にとらわれ続ける、など。
極限の状態の中で意識を保ち、悲鳴を上げる足を前に進めるのは何なのでしょう。
優勝候補だったスペイン人ユージーンは今回途中棄権してしまいましたが、「いつもスパインに出るのはこれが最後だと自分に言いきかせている。でも時間が経つと、過酷だけどやっぱり好きだなって思ってしまうんだ」と語っていました。
ジョンが語っていたようにレースは人生に通じるものなのでしょう。
ジョンはこんなことも言っています。
「悪い状況のときは、このあとは良くなると信じている。この先絶対良いことがあると信じて進み続けるんだ」
耐久レースに投影されるのはそれぞれの人生というレース。
極端な状況に自分を追い込むことで初めてつかめるものがあるのかもしれません。

(2021年2月7日 岩田)

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