カウンセリングのスキルが使えない場面

フロイトやユングが気づいたこと

カウンセリングやコーチングを学んでいくと、日常の出来事や周りの人間関係の背景が見えてきて、表面だけで判断したり、衝動的に行動することが少なくなります。
が、一番大切な家族や親しい人対してはそのスキルがなかなか使えません。
頭の理解と、心の動きが一致しないのです。
こんなに学んで、経験を積んできたのに…、身近な、ここ一番の時に、瞬時に発動できないもどかしさがあります。
心理療法の開祖とも言える、フロイトやユングの伝記を読んでいますと、初めのころは彼らも、患者と寝食を共にするようなことをしています。
そして得た結論は、「心のことを扱う場合、人間と人間の距離が近すぎると、おたがいがベタベタの関係になって混乱を増すばかりになる」ことや、「かえって心の奥のことは隠すようになる」ということでした。

親しいからこそ言えない…

あまりに親しい人だからこそ、かえって心の秘密が語れないという経験は、誰しも持っているように思います。
私も、小学4年生のころに祖母が亡くなって、「死」「別れ」が受け止めきれず、時間というものは流れて取り返せないことにハッと気づき、どうしようもない無力感、虚無感に襲われたことがあります。
中学3年生の夏に大阪市内の賑やかな街から、堺の新興住宅地に引っ越しをして、あまりの静寂さに拒否反応が起こって、恐怖心から眠れず食べられず…で、とうとう学校で倒れてしまったことがあります。
家では、親に心配を掛けまいとして、何でもない振りをしていたことを、今でもありありと思い出します。

クライアントさんと接しながら、いつも思うのですが、「心の秘密」は、とても微妙で、かつ危険です。
本当に信頼関係をしっかりと築いた上で、何が起こっても受け止めれる覚悟を定めて、初めて心の扉を開けてもらえるものだと思います。
まさしく、ヒヨコが誕生の準備ができたのを見計らって、外から親鳥が殻を嘴でつついて破る、ドンピシャのタイミングが大切です。
このことを良く知りながら、その時に必要な距離をとって、しかも現場からは離れないようにする――言うは易しですが、実際はとても難しいことです。
カウンセリングの難しさを嫌というほど痛感します。
どんなことにも言えると思いますが、カウンセリングもどのようにするかではなく、「誰が」「どんな人が」するのかが問われます。
「心の問題」に携わる者として、どこまで行ってもこれでOKということはありません。
これからも日々学びと理解を深めていきたいと、今更ながら覚悟を新たにしました。

(2018年10月21日 若杉)

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