Win-Winについてのトピックその4

前回のトピックは何を自分の中の2人の自分にもマトリクスが当てはまる、でした

ティモシー・ガルウェイが名づけた人間の中にいる2人の自分(セルフ1、セルフ2)をWin-Winのマトリクスに当てはめて考えてみました。
今回はスティーブン・コヴィーの6つのパラダイムの中の5番目、Winに焦点を当ててみたいと思います。

Win-Winについてのトピックその3

トピック④
WinはあるのにLoseがないのは、なぜか?

6つのパラダイムとは、

(1)Win-Win(ウィン・ウィン)
互いに満足できる合意や解決策を打ち出す。人生を競争ではなく協力する舞台とみるパラダイム。

(2)Win-Lose(ウィン・ルーズ)
「私の言うとおりにせよ」という独裁的なアプローチを生み出す考え方。

(3)Lose-Win(ルーズ・ウィン)
人に受け入れられ好かれることに自分の価値を求め、相手に降伏する状態。

(4)Lose-Lose(ルーズ・ルーズ)
Win-Loseを考えている者同士がぶつかると、結果はLose-Loseになる。相手を負かすためならば自分がまけても構わない。

(5)Win(ウィン)
競争の意識がなく、大切なのは自分の欲しい結果を確保することだけで、ほかの人が目的を達成できるかどうかはどちらでもよいと考える。

(6)Win-Win or No Deal(ウィン・ウィンorノー・ディール)
双方が納得する案を見つけることができないときは、「合意しないことに合意する(取引しない)」という選択肢を持つこと。

でした。

Winはひとりの世界

セミナーで、ある方から「Winはあるのに、なぜLoseはないのだろうか?」という疑問が出されました。

他の5つのパラダイムは、「自分-他人」という図式で他の人とのかかわりが表現されています。
このWinだけが他者を意識せず、自分が今いる状態、目指すものに向かっている状態を表しています。
Winに向かうために、自分の中にいるふたりの自分がつくるマトリクスが働いている状態といってもいいでしょう。

「もっと上手になりたい」
「もっとうまくやりたい」
「よりよい状態にしたい」
などは、技量を高めるための行動によって、自分次第で近づくことができます。
そこに他の人との競争を意識しなければ、あくまでも自分の中での切磋琢磨です。

仮説ですが、人にはもともと「もっとよい状態を目指したい」という欲求が備わっているのではないかと思います。
他者との関係で他のパラダイムにいる時も、自分の中ではこのパラダイムが無意識的に発動しているのではないでしょうか?

現在私はある大学で前期の授業を担当しています。
今年で5年目になりました。
資料はワープロソフトで作成したものをコピーして配っています。
その資料に毎年、少しずつ(時には大幅に)変更を加えてきました。
同じ資料を使ったら準備は確かに楽になるとは思います。
が、それでは新鮮味がなくてつまらないのです。
自分がよくできたと思える資料にならないと、授業で話していても、どこかしっくり来ません。
なので、やはり変えたいのです。
そして、その年はそれで精一杯だったはずなのに、翌年見直すと、また新たな観点でそれを作り直したくなるので、限りはありません。
忙しいと言いながらも、改善することを続けたいのだと思います。
この状態は誰かと比較するのではないので、やはりWinのパラダイムといっていいでしょう。

Loseがないのはなぜ?

人はもともと「もっとよい状態を目指したい」という欲求をもっているという上の仮説に従えば、Loseは不自然な形になります。
よくなりたいと思っていない人はいない。
さまざまなことを放棄しているように見える人がいたとしても、根底にはよりよい状態を願う欲求がある…。

その欲求が人を成長させ、未来を拓いていく希望なのではないかと思っています。

(2017年4月25日 岩田)

関連記事

ページ上部へ戻る