理解にまつわる不思議

6月18日『コーチングハンドブック』読書会2回目!

赤木広紀コーチの進行により、自己紹介を兼ねたシェアから始まった今回の読書会。
住吉のスペースはこじんまりしている分、参加者の距離が近く感じられました。
(下の写真は休憩時間の様子です)

今回は、第9章を復習的に再読したあと、第10章についてのシェアがありました。
第10章のテーマは「集中力を生み出す」。

内容のポイントを抜粋してみると、

私たちの頭の中には雑音があり、常に何かを良い・悪いに分けて判断しようとする。
本来の無意識は「叡智」と「エネルギー源」という機能があるが、雑音に支配されている状態では、その機能が発揮されない。
高い集中状態を実現すると、最高の力を発揮できる。
その時は全体が見えていると同時に集中している状態。
その状態を実現するためのポイントは「ありのままに見る」。

というようなことが書かれています。

参加者のみなさんは、それぞれに気になったところをシェアしたり、わかりにくいところを質問したりしながら、真剣に参加されていました。
終了時の感想は、
「内容がよくわかったとはまだ言えないが、前回より馴染める気がした」
「場が自然でフラットな感じが不思議で、毎回ワクワクする」
というような肯定的なものでした。

理解について、感じたこと

さて、ここからは岩田の感想です。
理解について、2つ感じることがありました。

1つ目は、立ち位置によって、理解の仕方が変わるというものです。
ある場をファシリテートする立場だと、時々ですが普段なら得られない理解がもたらされ、スムーズに話している自分に気づくことがあります。
その理解は自分があらかじめあった知識の上にあるようなもので、文字通りどこかからやってくるような感覚です。
立ち位置によってもたらされたもの、であるような気がします。

しかし、今回は参加者でもなく、ファシリテーターでもありません。
集中していなかったわけではないのに、本の文字を読んでいても、理解がどこか上滑りするようなもどかしさがありました。
「主催者なのだからより理解していなくては…」という気持ちもありましたが、それで焦ったところで理解が深まるわけではありません。
ただそんな状態なのだと受け入れるしかありませんでした。
主催者としては本の内容以上のことに意識を向ける必要があり、そうした立ち位置の影響もあったのかもしれません。

2つ目は、場には理解のバランスというものが存在しているのではないかということです。
知識を積み重ねるような学びは、知識量によって理解できる人が常に同じという可能性もあります。
ただ、『コーチングハンドブック』のような本を読む時には、既存の知識だけでは理解できないことが多いのです。
著者・山崎さんのセミナーで何度か体験しましたが、誰かが理解している時は、他の誰かが理解していない時でもあります。
それはほとんど役割のようなもので、場面が変わると、理解する役割の人が変わる…。
そんなことが起こるのです。

今回、参加者のみなさんは活発に質問をされていました。
それによって何かを得たというお顔もされていました。
理解しない役割を私たちが担うことで、みなさんがより多く理解できたのなら、良かったです。
ただ、それを証明する手立てはないので、ぼんやりしていたことの言い訳にしかならないかもしれませんが…。

読書会、次回は7月ですが、サブ読書会のみ空きがあります。

コーチングハンドブック読書会の予定と残席

(2017年6月20日 岩田)

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